【R18】つつぬけ

 

 カーテンの開く音がした。それと同時に、聞き慣れた声で名前を呼ばれているのを微睡みながら認識する。
「ヨル、おはよ」
 先程までカーテンで遮られていた日の光が、目を閉じていても眩しく感じる。まだ、もう少し眠っていたい。
「ヨル。起きて、ヨル」
 しかし声の主がそれを許さない。オレの体を揺らしながら声をかけてくる。
「んん……」
 揺らされた事で至る所の痛みに気付いた。体が鉛のように重たくて、指一本動かしたくない。余計に起きたくなくなって枕に顔を埋める。
「ねえヨルってば」
 さらに強く体を揺らされる。しつこい。
「うるせえ……」
 しょうがないので無遠慮に人の体を揺さぶっている手を払い除けた。全身怠いが、腰の痛みと怠さが特に酷い。
「起きた? 朝ご飯は?」
「うぅ……知らねえよ……」
 コイツは朝からオレをイラつかせる天才か? 朝メシなんかパンでも何でも自分でどうにかできるだろう。もう一度布団を頭までかぶって目を閉じる。
「ちょっと寝ないでよ、朝ご飯作って」
 ──相変わらず、自分勝手な野郎だと思う。オレの体がボロボロなのは誰のせいだと思っているのか。昨夜自分が何をしたのか覚えてない訳ではないだろうに。
「ゔ〜〜〜〜……」
 そう、昨夜。思い出そうとすると、自分の痴態まで思い出されてしまうのだから嫌になる。お陰で眠気はだいぶ覚めてきたが、精神にダメージを食らったので枕に顔を押し付けて唸った。
「……おいアホトキシン、誰のせいでオレがこんなんなってるとおもってんだよ」
 枕に顔を埋めながら、今もすぐ側に居るであろう男に声をかける。一つ年下の弟、トキシンだ。コイツが、昨夜『久しぶりだから』とか何とか言ってがっついてきやがって、オレがもうやめろと言っても聞かずに何度も何度も突っ込んできて──最終的に、オレは抱き潰された。最後の方のことは覚えていないから、おそらく気を失ったのだろう。腰も痛い、喉も痛い、全身怠い。なのになんでこうも平然と『朝ご飯は?』などと言えるのか。さて、そんな思いを込めたオレの問いかけへの答えは──

「は? ヨルが朝起きれないのはいつものことでしょ」

 ──マジでぶん殴ってやろうか、このF××in’野郎。
 しかし、トキシンが無神経野郎なのはいつもの事だ。今は余計な体力は使いたくないから我慢する。もう面倒臭いし、オレも腹が減ってきた。トキシンの言う通りにするのは癪だが、朝メシにしよう。時計を見ると既に10時半を過ぎていた。今から用意したら、食べ始める頃にはほぼ昼だ。
「わかったから……おら、起き上がらせろ」
 うつ伏せにしていた体を仰向けにして、目の前の男に向かって両腕を伸ばす。そんなに起きろと言うのなら、オレの体を痛めつけた本人が世話をするべきだろう。トキシンは一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐにニヤニヤと顔を緩ませてオレに覆い被さり、腕の中に入ってきた。
「ふふ……甘えてくるなんて珍しいね? ほら、どうぞ」
 この勘違い野郎。オレが目の前にちょうどよく差し出されている首を絞めなかった事に感謝しろ。
「ハァ……」
 大きくため息をついて、弟の首に腕を回した。背中を支えられて体を起こされる。
「大丈夫? 立てる?」
 昨夜の行為のせいで体がつらいのだとようやく気付いたらしい。今更すぎる。
「バカにすんな」
「心配してるんだよ」
 本当に今更だ。──ああ、どうしてオレはこんな奴に体を許しているんだろうか。

 キッチンに向かうため二人揃って部屋を出て廊下を歩いていると、階段を上ってこちらへ向かって来る人影が見える。オレたちの姿を確認してそいつが声を上げた。
「あ」
 ライブの後に連れ込んで、それからこの家で共に暮らしている女。最初はオレたち兄弟にかなり反抗していたが、数ヶ月経って慣れてきたのかだいぶ馴染み始めている。そんな彼女は、オレたちの前で立ち止まり、少し目線を彷徨わせてからオレの顔を覗き込んで言った。
「昨日……すごい声が聞こえてきてたけど、大丈夫だった?」

 反射的に、横に立っている男の頭を思い切り引っ叩いた。