※当作品はエイプリルフールに公開された「あんさんぶるSTARS」のパロディ小説です。
※登場人物の死亡描写がありますのでご注意ください。
芸能界は戦場である。
これは比喩表現であり、実際の芸能界は兵器などを用いて戦闘を行うような世界ではない。
──筈、だったのだが。
現在、我等アイドルが活動拠点としている宇宙空間は、言葉通りの『戦場』になっている。地球から宇宙空間に漂うESスペースコロニーへ、長い旅を経て辿り着いたアイドル達は、『ロボットを操縦してバトルを行い、それを制した者がライブパフォーマンスを行える』という些か正気とは思えないルールの元、アイドル活動を再開させた。
「わたくし達は、また戦場に戻ってきてしまったのですね」
英智猊下から新しいドリフェスの説明を受けた際に、弓弦がそう言っていたことを思い出す。当時は、アイドル達の誰もがこのような事になるとは想像できずにいた。アイドル同士でのロボットバトルなどは地上で見ているファンに向けてのパフォーマンスだと。ライブパフォーマンスで勝敗を決めていた頃と、何も変わらないのだと──そう思っていた。
◇
姫宮桃李と伏見弓弦が命を落としたのは、ESのアイドル達が戦いの日々を送り始めてからおよそ半年程経った頃だった。
その日、fineとEden合同でESの所属ではないアイドルユニットとのドリフェスが行われていた。姫宮桃李・伏見弓弦・七種茨、三人の選抜チームで三対三のバトル。勿論我々が勝利を収めた訳だが、相手ユニットの内の一人が去り際に不意を突いてこちらへ攻撃を放つ。明らかな規定違反であった。その一撃により姫宮氏が重傷を負ってしまった。救出のため弓弦が機体へと乗り移ったが、彼が主の元へ辿り着いたその時には、もう既に遅かった。
機体の損傷が激しく、最早動かせる様な状態ではない。弓弦と姫宮氏のいるコックピットもいつ崩れるかわからない状況である。俺は弓弦だけでも早く脱出するよう呼び掛けたが、彼は首を横に振った。
「わたくしは、坊ちゃまをひとりにはできません」
「は?」
──つまり、この場で彼と共に死ぬつもりだと。
「何バカなこと言ってんですか!? 姫宮氏はそんなこと望んでませんよ!」
「……桃李が望まなくとも、『俺』が望んでいることです」
「っ……!」
また『俺』を置いて行くんですか『教官殿』
「ざっけんな……!」
でも、今はあの時とは違う。違うだろ。あんたが自分の命よりも『坊ちゃま』のことを大事にしているのは知っているが、本当に命を捨ててしまうのは違うでしょう。
「申し訳ありません、茨……きっと、またすぐに会えるでしょう。そのような顔をしないでください」
「どういう、意味ですか」
今まさに死にに行こうとしている人間と『またすぐ会える』とはどういうことだ。訳がわからない。
こうしている間にも機体は徐々に崩壊していく。時間がない。自分の機体から身を乗り出して弓弦に手を伸ばす。もう少しで手が届くのに。これ以上は近付くことができない。
「弓弦!」
俺の手を取って。いや、取らなくてもいいから、その手を掴ませてくださいよ。
「わたくしたちはもう行きます。せめてあなたは生きているうちに、早くこの戦いから抜け出しなさい」
姫宮氏の亡骸を抱き、『教官殿』の顔でこちらに語りかける。
「だから! さっきから何を言ってるんですか、早くこっちに……っ」
「茨」
「────」
最後の言葉は、爆発音に掻き消されて聞こえなかった。
◇◇◇
姫宮桃李と伏見弓弦が亡くなったあの事故の目撃者は俺以外にはいない。だだっ広い宇宙空間に取り残された俺は、二人を乗せた機体が跡形も無く崩れ去った後もその場からしばらく動けずにいた。
それからどれほど時が経っていたかはわからないが、どうにかスペースコロニーまで戻った俺を待ち構えていたのは天祥院英智猊下だった。猊下はたった一人で帰還した俺を見て、何が起きたのかを察したのだろう。俺は、存在は知っていても入ったことはなかった、真っ白い部屋へと押し込まれた。隔離病室である。
俺の怪我はどう見ても擦り傷程度だったが、『凄惨な事故現場を目撃したショックにより記憶が混濁している』らしい。担当医師と英智猊下以外は面会謝絶とされ、Edenのメンバーとすら会えずにいる。閣下は、まともな食事を採っているだろうか。
しかし大した怪我でもないのにこんな部屋に押し込められても困る。元気だから出してもらえないかと何度か話したが、『医師の指示には従うべきだ』と却下された。ならば勝手に出て行くかと思ったのだが、やたらと設備が整っていて快適すぎるこの病室──驚く事に内側からは扉が開かないのである。最早軟禁だ。幸い、病室でもできる程度の仕事は許されているので、とりあえずベッドの上で仕事をするだけの毎日を過ごしている。何もしないでいると、余計な事を考えてしまう。
隔離病室に軟禁されてから、一週間ほど経った頃だった。
「茨!」
勢いよく扉が開き、何故か未だ面会謝絶となっている俺の病室に、医師と英智猊下以外の人間が現れたのである。
「……なん、で」
いよいよ幻覚でも見え始めたのかと思った。
俺は、二人を見送ったあの後もずっと正気のつもりでいた。俺の記憶におかしなところなどひとつもない。こんな病室に監禁される意味もわからない。そう思っていた。しかし、見えてはいけないものが見えるようになってしまっては、何も文句は言えないではないか。
『それ』は、幻覚でも幽霊でもなくちゃんと実体を持って存在していたのだが、その当時の俺には理解することは不可能であった。
「こらこら、まだ面会はできないと言っただろう」
俺が混乱している間に、病室の入口には見慣れた人間の姿があった。あの日何があったのか知っている筈のこの男は、いつもと変わらず柔らかな微笑を浮かべていた。
何故、平然としている? 今ここに居るのは、あの日確かに俺の目の前で死んだはずの、
「ね? ──弓弦」
弓弦。そう、伏見弓弦である。
「……はい、申し訳ございません。英智さま」
◇
宇宙空間でアイドル活動をするには、死と隣り合わせのロボットバトルが必然とついてくる。命を落とす者が出てくるのも、当然であった。
そこで、天祥院財閥が秘密裏に開発したクローン技術である。ESスペースコロニーのアイドル達は知らぬ間に人格・記憶のデータを保存され、もしもの時には予め用意されたクローンの体にそのデータを移されていた。
病室に現れたあの弓弦も勿論、弓弦のデータを移されたクローンである。
「実はね、弓弦は今回で二回目なんだ。つまり彼は三人目の弓弦ということだね」
そして、あの日俺が見送った弓弦も既にクローンだったのだ。『またすぐに会える』と言っていたのはこういう事だったのかと、今になってようやく理解できた。
「ハハ……いやはや、驚きました! 流石は天祥院財閥ですな! まさかそんな物を開発してらっしゃったとは! お見事ですね!」
正直言って、驚いただなんてレベルではない。とんでもない話を聞かされたものだ。死んだ筈の弓弦が目の前に現れたという事実だけで心臓が止まりそうだったのに、その弓弦がクローンで、しかも既に二回目? いつの間に? そもそも、いくらあの天祥院英智といえども、まさかクローン技術の開発などという禁忌を犯していたなんて想像できる筈もない。
「しかしこのクローン技術についてはまだ公にはできなくてね」
それはそうだろう。わざわざそんな話を聞かせて、この男は俺を如何するつもりなのか。
「君には、忘れてもらわなければならないんだ」
背筋に嫌な汗が流れる。
「目の前で現場を目撃してしまったようだから、本来ならばすぐにでもそうしなければならなかったのだけれど……少し迷っていたんだよ」
「……と、言いますと」
油断は出来ない。俺の命は今、目の前の男に握られている。
「七種くん。君ならば、僕の思い描いたES宇宙計画の協力者となってくれるんじゃないかと思ってね──ここで消してしまうには勿体無いかな、と思っていたんだよ」
ここには英智猊下と俺の二人きりだ。そして、俺に逃げ道はない。
「さて」
「君はどうする? 七種くん」
◇◇◇
アイドル達は相変わらず、ロボットでの戦闘とその戦果によって権利が得られるライブ活動に追われる日々を送っている。ロボットバトルの為の過酷な訓練やアイドルとしてのパフォーマンスのレッスン、戦いにより傷付いていく仲間達……アイドル達の心は摩耗していた。それに加えCrazy:Bや明星スバルの失踪事件。コロニー内は、最近特に殺伐としている。
そして先程、ロボットを格納しているドッグで爆破事件が起こった。英智猊下と共に監視カメラの映像を調査したが、映っていたのは予想通りの人物だった。その後のことは猊下に任せたが、あの様子だとまた何人か『処分』されるのだろう。
「わたくしは、何人目ですか」
スペースコロニー内部の休憩スペース、窓から宇宙空間を見渡すことが出来るカフェテリア。以前はアイドル達で賑わっていたこの場所も、随分と静かになったものだ。今も、俺ともう一人の貸切状態である。
「……あんた、やはり知っていたんですね」
そのもう一人というのが、たった今俺の隣に腰掛けながら『今日もいい天気ですね』みたいなトーンでどうにも答え難い問いを投げかけてきた男のことである。宇宙空間では地球にいた時のように天気を気にする必要はないので、このような例え方をするのもなんだか可笑しい話なのだが。……というかこんなに空いてるんだからわざわざ俺の隣に座らないでくれますかね。
「隔離病室で会った時、わたくしを見てあなたが幽霊でも見たかのような顔をしたのが忘れられなくて」
「……してませんよ、そんな顔」
とは言いつつ、確かにあの時の俺は『そんな顔』を隠せてはいなかったのだろう。
しかし考えても見てほしい。死んだはずの人間が突然目の前に現れたら──そりゃ幽霊か幻覚かと思ってぎょっとするに決まっている。
「まあ、それはともかく」
洒落にならない冗談は置いておきまして。弓弦が表情を引き締めて語り出した。
「そうですね……お察しの通り、わたくしは知ってしまっていたのです。『今のわたくし』になるより前に」
「今の、ということは」
『前回の弓弦』は、ES宇宙計画を知っていたということだ。
「ええ。前回──いえ、もしかしたらそれよりも前のわたくしかもしれませんね。自分がクローンであること、そして英智さまがクローン技術を利用し何かを企んでいることを知る機会がありました」
一人目の弓弦も戦闘中の事故死だったらしい。宇宙進出後のかなり初期の頃の様だった様で、奇しくもクローン技術を実用する対象の最初が弓弦となったそうだ。という内容を電話口で話している猊下の声を聞いてしまった事でクローン技術の存在を知ってしまった。何やら不穏な動きをしていた猊下の様子が気になり、気付かれぬ様に後をつけた際の出来事であったそうだ。
確かに弓弦が大怪我をしたと聞いて、復帰した頃に顔を見に行ったことはあったが……まさかそんなことになっていたとは思いもしなかった。
「今のわたくしには……あなたと組んで参加する予定だったドリフェスの前日の夜から、あなたが隔離病室にいると知らされた日の朝までの記憶がありません。目覚めて間もなく、次の体に記憶を移されたのだと確信いたしました」
弓弦は前の体が記録した最後の記憶データまでを受け継がれているようだが、俺が今まで見てきたクローンのアイドル達の中には直前の記憶が移されず、ESスペースコロニーに到着してコールドスリープから目覚めたばかりだと言う者もいた。おそらく、反旗を翻して『処分』された者たちがまた同じ事を起こす可能性を少しでも減らす為の処置なのであろう。
「本来であればES宇宙計画について知った人間は処分され、記憶をクローンに移されます。俺は、猊下から選択を迫られました。計画への協力者となることで、どうにかこうして生きながらえています」
とは言っても選択肢などは無いようなもので、ほぼ脅迫だった訳だが。
「ですが、自分に何のメリットもなしに協力などできません。勿論猊下には色々と条件を受け入れていただきましたよ!」
あの天祥院英智を何がおかしくさせたのかはわからないが、今の彼は邪魔者を廃除することに躊躇いがない様子だった。やり方が当時より残虐になっている事はさておき、話に聞く旧fine時代の頃の彼を彷彿させる。俺も下手な事をすれば彼の逆鱗に触れてしまう可能性がある。かといって、俺にも野望はあるのだ。Edenに少しでも利がある様に交渉させてもらった。
──そして、隔離病室からやっと抜け出してからしばらく経った。
「ところで、姫宮氏はどうしていますか」
あの日弓弦と一緒に犠牲になってしまった彼の事が気になっていた。対戦相手からの不意打ちの攻撃だったとはいえ、助けられなかった事も気掛かりだったのだ。スペースコロニー内で弓弦と共にいるのをたまに見かけてはいたが、ドリフェスにはあれ以降参加していないと聞く。
「元気にしていますよ。わたくしと同様、あの日の記憶はございませんが」
何人目かは俺も知らないが、姫宮氏がクローン人間になってしまったことは弓弦も気付いてしまっただろう。二度と失わない為に弓弦が守っているのか。それとも──猊下も、彼の死には何か思う所があったのだろうか。
「……それなら良かったです。また今度、何かお菓子でもお渡ししておきますよ」
「結構です。怪しい人から物をもらってはいけませんと言い聞かせておりますから」
「ほんっと失礼ですねえ、あんた」
こんな風に軽口を言い合うのも、随分と久しぶりな気がする。
「ああ……そういえば」
弓弦の質問に答えていなかったことを思い出した。
「三人目らしいですよ、あんた」
「そうですか」
自分から尋ねてきた事なのに、興味のなさそうな声を返してくる。しかし窓の外に向けていた顔をこちらに向けてさらに俺に問いかけた。
「あなたは」
「自分は一人目ですよ……今のところはね」
「……そうですか」
ほっとしたような顔で笑うのはやめてほしい。そうですね、お陰様で俺はまだクローンの体にはなってませんよ。あんたが置いて行ってくれたせいで。
俺は別に、あんたと一緒に死にたいだなんてことは全く思ってません。でもあんたが、あんたの一番大事なものを抱き締めながら俺の目の前でいなくなったあの瞬間は──ここが地獄か、と思いましたよ。
◇
窓の外では四体のロボットが戦闘を始めていた。先程までは三体しか見えなかったが──ああ、あれは英智猊下の機体だ。猊下の駒であったはずの氷鷹氏や朱桜氏とも対立している構図を見るに、二人は今回の爆破テロの主犯である天城燐音から色々と聞いてしまったのだろう。天城燐音はこのESスペースコロニーの異常性に気が付き行動を起こした者の中でも、猊下がただ一人取り逃してしまった相手であった。
猊下のやり方に反抗するアイドル達の姿はこれまでにも何度か見てきたが、彼らが望み通りのエンディングを迎えられたことは無い。無念のバッドエンド、そしてクローンの体に記憶を移され──コールドスリープから目覚めたところからやり直し。しかしどうやら今回は、今までとは少し様子が違うようだ。この戦いの最後はどうなるのだろうか。もしかすると、猊下の野望が打ち砕かれることも有り得るのかもしれない。彼らの物語は遂にハッピーエンドを迎えることができるのだろうか。それとも、この宇宙空間で永遠に生き続けるのか。
芸能界は戦場である。
果てしなく広い宇宙空間で、終わりのない戦いの日々が続く。何の為に生きるのか。何の為に戦い、死んで……自分の意思とは関係なく、蘇るのか。
何れにせよ、俺はこの場所で戦っていくしかないのだ。ここが何処であろうと、俺のやることは何も変わらない。利用できるものは利用する。この世界でのし上がって天辺を取るのだ。
「茨」
弓弦が静かに俺の名前を呼んだ。真っ直ぐ俺を見つめる瞳から、どうしてか目が逸らせない。
あの時の爆発音が聞こえた気がした。しかし今は、あの時には聞こえなかった言葉が、はっきりと聞き取れる。
「愛していますよ」
二人目のあんたも、同じことを言っていたのだろうか。
「……嘘つき」
俺のことは一緒に連れて行ってくれないくせに。